夜の帳が静かに降りる庭先。橙色の灯火がゆらめく中、賢子と双寿丸は向き合っていた。二人の間に漂う緊張感と微妙な空気。その瞬間、賢子が問いかける。

「ごはんを食べに来ただけなの？」

彼女の言葉には確かな思いが込められていた。それは単なる確認ではなく、真意を探るための問い。もし本当に「食事のためだけ」ならば、双寿丸は即座に「そうだ」と答えることができたはずだ。

しかし、彼の沈黙は賢子に微かな希望と疑念を抱かせた。

双寿丸が語る理由は簡潔で、どこか冷たさを含むものだった。

「太宰府に連れて行けない理由は、女は足手まといだからだ。」

その言葉に賢子はわずかに眉をひそめるが、内心では「足手まとい」の前に「好きな」という言葉が隠されているのではないかと感じ取っていた。だが、賢子は彼の本心を問い詰めることはしなかった。それが彼女なりの誇りであり、また儚い期待だった。

双寿丸の目には、優しさが映し出されていた。言葉では伝えきれない不器用な想いが、静かな眼差しに込められていたのだ。それに気づいた賢子は、胸の奥で静かにその温もりを受け取った。

二人を隔てる身分の壁

賢子は武士の娘として育てられ、身分の差に縛られることを幼い頃から知っていた。それでも双寿丸に惹かれた彼女の心は、純粋そのものだった。一方、双寿丸もまた、彼女に特別な感情を抱いていた。しかし、彼の中にある“現実”という壁は、二人を結びつけるにはあまりにも高く、そして重いものだった。

その夜、双寿丸の言葉と態度は、彼がいかに賢子を守りたいと思っているかを示していた。

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